カテゴリ: 高度成長期

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昭和33年

機械化を察知したぼくは、機械を取入れた三春町駅前通りに在る履物店工場に行き、その工程と手法を教わり始めた。

ぼくは、この時代で生き残るためには、機械を導入したいと考えたが、資本金が全く無く、導入するのは無理。そのため、【ボンド】を使った張物下駄製造に挑戦することにした。

張物下駄は、従来廃棄していた細い桐の枝木を板材に挽き、ボンドで貼り合わせ下駄上部を造る。これに羽部を貼り付けた物が原形として、仕上げを行い完成である。
仕上げのときに数種の刃物を使うのだが、接着した部分が固く刃が切れなくなる弱点があり、苦労しながら制作に励んだ。

しかし、高度成長の波は恐ろしく早く押し寄せてきた。せっかく下駄職人になる技術を身につけ、張物下駄も作れるようになったのだが、下駄に変わってサンダルや靴類が店頭に出回り始めたのだ。それにともない、下駄需要が少なくなり始めたのだった。

さすがの祖父と母も下駄屋(下駄、草履主要)の時代が終わりに近づいたことを察したようだった。これからの時代、サンダルや靴の取り扱いもしたいと考えていたが、問屋が見つからない上、自宅火災の後遺症で資金不足の厳しい環境下にあり、うまく世の中の波に乗れないままでいたのだった。

昭和33年 高度成長期 

ぼくが下駄職人の修行に入ってから2年目。一人で立木から下駄の完成品をつくるまでの腕前になってきた。やっと、一人前の職人になろうと意気揚々としていたところ…。

世の中は、高度成長期に突入。機械化の波が押し寄せ、機械で下駄の製造が容易にできるようになっため、機械を導入する業者が出てきた。

さらに、強力に木と木を貼り合わせてしまう、【ボンド】という物が出回り、今までは捨てていた細い木材を板に引きボンドで張り合わせた下駄を造り、表面にきょうぎ(きり下駄の表面を薄くしたもの。)を貼りつけて=高級下駄に見せかける製品=(張物と言われる。)が安値で出回るようになった。

このため、従来の手作り下駄は手間が掛かかる上に値段も高いために張物に押されるようになった。

ぼくは、社会の環境変化を目の当たりにし、下駄の手作り時代が終わることを察知した…。

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