昭和30年 火事から2日目
火災で家を失ってしまい、生活する場所が無くなった。
ぼくらは、祖母の実家の母屋の裏側の部屋(八畳間)を借り、仮住まいをすることになった。
引越しする荷物は、着の身着のままであり何もない状態だが、半焼けの家財や旅行に持って行って無事だった荷物、妹のおかげで生き延びた伝書ばと等、リヤカーに半分しかなかった。
引っ越しを終えて部屋を見渡すと何にも無い状態であったが、ぼくが買ってきた修学旅行のおみやげだけが、きれいでぴかぴかに目立っていた…。旅行の思い出は火災で吹き飛んでしまっていたが…。
ぼくらは、仮住まいがあるからまだよい方で、火災で焼け出された身寄りの無い方は、町が開放した小学校講堂や教室を借り住まいにするしかなかった。
火災で家を失ってしまい、生活する場所が無くなった。
ぼくらは、祖母の実家の母屋の裏側の部屋(八畳間)を借り、仮住まいをすることになった。
引越しする荷物は、着の身着のままであり何もない状態だが、半焼けの家財や旅行に持って行って無事だった荷物、妹のおかげで生き延びた伝書ばと等、リヤカーに半分しかなかった。
引っ越しを終えて部屋を見渡すと何にも無い状態であったが、ぼくが買ってきた修学旅行のおみやげだけが、きれいでぴかぴかに目立っていた…。旅行の思い出は火災で吹き飛んでしまっていたが…。
ぼくらは、仮住まいがあるからまだよい方で、火災で焼け出された身寄りの無い方は、町が開放した小学校講堂や教室を借り住まいにするしかなかった。